論文感想(福永 伸哉. 2013. 「 前方後円墳の成立 」)

2017/5/29

福永 伸哉. 2013. 「 前方後円墳の成立 」大津,透ほか編『岩波講座日本歴史 第1巻 : 原始・古代1』岩波書店 を読んだ。

-「前方後円墳成立の意義」を研究史・研究の新潮流と関連付けながら、検討する。著者の専門の三角縁神獣鏡あたりも述べられるが一部に留まる。
2c後半の「地域シンボル」の消滅を、卑弥呼擁立による政治的統合とみて日本史上初の中央政権とする。箸墓が前方後円墳成立の画期であり、これは卑弥呼のものと想定して無理なしという。この政権がそのままヤマト政権へつながる。ヤマト政権の中央の勢力交替と地域把握とは連動する。
最後、中国・エジプトの墳墓との簡単な比較をした上で、国家形成過程上への古墳時代の位置づけが課題としめる。

-年代についての記述が、「二世紀後葉」「庄内式期のはじまり」「弥生後期後半」などと錯綜(いずれもおおまかに同じ時期を指している)していて整理しづらい。意味合いが違う(後二者は変動しうるし、互いに独立)のは分かるが、少なくとも筆者が念頭に置いている比定がわかりやすく提示されるとよいなとは思う。雑誌論文ではないのだし。

-ヤマト政権による地域エリート把握の進展の詳細が気になる。人制との関わり、継体政権の評価、家族のあり方など。
墳墓築造の巨大化(200メートルを超える規模)を「競争的行為」から「統治手段」への変化と評価したうえで、この種の巨大化をしたのは古墳時代社会の他には中国・エジプトなど少数の国家段階社会のみであるという指摘がこの論文のポイント。

-なお、この論文は昨年の秋ころに一度読んでいた。
和田晴吾さんのものと比較して読むと、和田さんの主張が明瞭化する。古墳時代初期の箸墓古墳を画期とする福永さんと、古墳時代後期の今城塚古墳を画期としてそこに新秩序をみる和田さん。墳丘の規模の巨大化(200mを初めてこえる墳丘は箸墓)に注目するか、墳墓の単独築造(同一墓域に複数の古墳がつくられていた形式から大王墓単独になるのが今城塚)に注目するか、の違い。