論文感想(福永 伸哉. 1999. 「古墳の出現と中央政権の儀礼管理 」)

2017/5/31

福永 伸哉. 1999. 「古墳の出現と中央政権の儀礼管理 (考古学研究会第45回総会講演・研究報告)」『考古学研究』46(2)を読んだ。


-「多様な前史をもつ広い地域に初期の前方後円墳が短期間のうちに広がった要因は何か?」という問いを掲げつつ、文化人類学での儀礼論を援用して古墳時代の首長葬送儀礼と政治権力の関係について考察する。
簡単な儀礼論の論理的説明ののち、古墳時代の事例を具体的にあてはめていく。大型青銅器から銅鏡への象徴的器物の交替(これには実際に徳島の事例がある)、政権による神獣鏡の入手や製作の管理、葬送儀礼の複雑化による格差の明瞭化、中央の政治勢力の交替(河内勢力)にともなう儀礼管理の弛緩など。

-結論はわりに明確。直接的な支配関係の強要ではなく、共通の儀礼前方後円墳の葬送儀礼)に参入するという意味合いを持って出発したからこそ、初期の前方後円墳は多様な前史をもつ広い地域に短期間のうちに広がった。しかし、儀礼は中央-周辺の関係を生成・増大する本質的機能を持つので、政権はこれを通じて徐々に「中央性」を獲得していった。と。
儀礼の本質的機能についての分析などはこの論文ではなされない。
ちなみに拠っている儀礼論はT.アール、A.M.ホカートなど。ホカートの理解については青木保に拠るという。

-『三角縁神獣鏡の研究』2005に補訂されて収録されている。気づかなかった。