論文感想(前田 勉. 2016. 「近世日本教育史序説 : 「教育」概念を中心に」)

2017/6/1

前田 勉. 2016. 「近世日本教育史序説 : 「教育」概念を中心に」『日本文化論叢』(24)を読んだ。

-江戸期の「教育」という言葉を広く検索することで近世と近代の連続・断絶問題に対して再考を試みる。ということで「教育」という言葉が使われた例を林鵞峰から徂徠、藩校、吉田松陰まで並べ立てる。後半には「教化」と「教育」の比較や会読や講釈と「教育」「教化」との関連も。儒学はもともと「学びの学問」だったとして自発性を本質とすると指摘したうえで、科挙のあった中国・朝鮮よりも日本の方がその本質が現実化しやすかった、それが会読が日本独自のものとしてある理由だ、という。

-どうもこの論文にはなんとなく信頼できない印象を持ってしまう。思想家の言葉だけを抜き出して、実態を述べようとするからだろうか。(孟子の言葉としての「教育」への言及と、現実の「教育」への言及を、分けて考えないといけないのでは、とも思う)
また「本質」の頻出も気になる。概念分析だから、これでよいのだろうか。
あと明治期について、教育・教化などについて研究したのは、「谷本穣」さんではなく、「谷川穣」さんだ。ただの誤植だが。