diary

読んだ

自分用メモ・ノート

2018年3月の読書と感想

タマゴマジックタマゴマジック


友人に借りて。/ 「魔術師 一九九九」の赤い犬の話とか学校の椅子がなくなる話、読んだことあるぞ、と思ったら、『象と耳鳴り』に入っている話だった。残りは初めて読んだ。エッセイは初読のはずなんだがなんとなく恩田さんの筆で読んだことのある話ばかりな気もする。/ 人ではなく、都市や場所について描く恩田さんがやはり好き。そういえば仙台出身だったんだな。/ 「魔術師 二〇一六」はちょっと現代に引き寄せた祈りに過ぎる気もした。

「魔術師 一九九九」赤い犬の都市伝説のイメージと、「ブリキの卵」の最初のシーンがあまりにも鮮烈で、これだけで何度でも味わえると思う。/ p18「数というのは大事です、いろんな意味で。都市もそう。互いに相手の顔を把握しきれないような数を超えてしまうと、その街-場所と言い換えてもいい-はそれ自身の意志を持つんです。」僕が恩田陸が好きである理由の一端はここにあるんだなと。/ デジャ・ビュを誰かと一緒に感じる話がエッセイで出てくるけれど、これは実際に何度も経験したことがある。不思議。歩いているときが多い。
読了日:03月02日 著者:恩田 陸


日本がバカだから戦争に負けた 角川書店と教養の運命 (星海社新書)日本がバカだから戦争に負けた 角川書店と教養の運命 (星海社新書)


角川四代(源義・春樹・歴彦・川上量生)と日本戦後の「教養」の歴史について。本題の「日本がバカ…」は源義の「角川文庫発刊に際して」の文章をキャッチーに言い換えたもので、煽りのためだけのものに見えて、実はまさしくこの本のテーマを示す。/語り手の大塚は柳田国男の孫弟子で、角川源義も同じく柳田の孫弟子(折口の弟子)。柳田的な「役に立つ」「人文知」と角川の「教養」が初発から微妙に違っていたこと、それが代を重ねるごとにいかにしてどれだけ遠ざかっていったのか。そして、それを踏まえて「人文知」=「批評」はどうあるべきか。

『「おたく」の精神史』『二階の住人とその時代』につづく〈八〇年代サブカルチャー私史三部作〉完結編とのことだが、大塚さんはそこにあまり興味はなさそうであり、というかこの本を世に出す事自体にほぼ関心がなさそう。吉本隆明のわかりやすさへの転回について「見習いたいところです」p49とか皮肉に見えて多少本音なのかなとは思うが、この本は読みやすくはない。語尾だけ柔らかくしたって単に読みづらいだけだ。

個人的にはTRPGの位置づけがよく分かって、そこがとにかく意義深かった。ドラゴンランスは読みまくっていたがドラクエにもロードス島にも関心がなかった中学時代の自分がちゃんとサブカルチャー史に回収された気分。/「情報系土建屋」「使えないITインフラ」、大政翼賛会のメディアミックスと歴彦のそれの比較、「読者文芸」を制度化したものとしての近代雑誌、「人文知」と「工学知」の対話不可能性など気になる指摘が多い。/特に社会の「分断」については重要な指摘がなされているように思う。
読了日:03月02日 著者:大塚 英志


EPITAPH東京EPITAPH東京


友人に借りて。/東京の墓碑銘。恩田さんが東京を主人公にものを描くのは初めて?/戯曲「エピタフ東京」の筆者である人物が東京を考え続ける本。伝説や古典、近代文学なんかを参照したり、美術館を歩いたり、京都や大阪や神戸を歩いたりしながら。とてもよい。多分恩田さんのストレートな小説よりもこれのほうが好きだ。/都市は永遠。僕はまだそこまで思えない。
読了日:03月03日 著者:恩田 陸


図説 メソポタミア文明 (ふくろうの本/世界の歴史)図説 メソポタミア文明 (ふくろうの本/世界の歴史)


シュメール都市国家が成立するウバイド期(前4千年ころ以前)からバビロン第一王朝のハンムラビあたり(前1700年代前半)までの歴史・文化の叙述が前川さんの執筆部分であり、この本のメイン。アッシリア帝国についても渡辺千香子さんが書いているがそれは20頁ほどでおまけに近い。/ 前川さんはあとがきで「粘土板読み」を自称している。粘土板などの資料が沢山載せられていて魅力的な本。農業の実態についてや、ハンムラビ法典碑の「棒と輪」図像の解釈についてなどは通説を述べるにとどまらず専門的に自説を述べていて貴重。

文学的な部分に関心があったが、そこについての記述は中心ではない。ただ、シュメール文学は、シュメール人が実態を失いシュメール語が死語となって以降の時代に盛んになったとあり、より関心が湧く。/ナラム・シン王の戦勝碑の作図法に時代精神をみている部分(p38-39)があり、これもとてもおもしろい。王権のよる歴史叙述に関しては随分研究もあるようで言及も多い。

 前24世紀ころのエブラの文書庫が再現できる(p53,62)という件は、何度読んでも胸が躍る。
読了日:03月03日 著者:前川 和也


都市国家の誕生 (世界史リブレット)都市国家の誕生 (世界史リブレット)


メソポタミア文明について。最初にペルシア帝国時代までの流れを概観した後に、シュメール人の社会・国家について少々詳説。あっさりはしているがかなり読みやすいように思うのでおすすめ。/シュメール王権の発展を王号の変遷で時代区分している。都市国家分立期→領域国家期(ウルク王エンシャクシュアンナ~:「国土の王」「全土の王」)→統一国家形成期(アッカド王ナラムシン~:「四方世界の王」)→統一国家確立期(ウル第三王朝)/シュメール人の差別観・ケガレ観・自由観・自然観なども言及があり、これらは現代的意義への意識が強め。

シュメール都市の距離感覚をつかむために、として古代日本の近畿などの都市と比較しているのが楽しい。ウルク・ウル・ラガシュ・ウンマなど中核地域の範囲は奈良・京都・大阪の範囲より少し広いくらい。ウルクとキシュは大阪から岡山(吉備)くらいで、シュメールとエラム畿内と東国くらい。など。/領域国家期に入るまでシュメール・アッカドの都市を破壊したという記述はみられないという指摘は興味深い。/ナラムシンの重要性の強調が印象的。

なお、ナラムシンもウル第三王朝も、ハンムラピより随分前になる。ウル第三王朝は紀元前二一〇〇~二〇〇四。その崩壊後に混乱気味のイシンラルサ時代があって、ハンムラピの統一が来る。簡単な通史叙述はペルシア帝国まで含むので参考にできるが、イシンラルサ時代以降についての詳細はこの本にはあまり書かれていない。
読了日:03月03日 著者:前田 徹


世界の歴史〈1〉人類の起原と古代オリエント (中公文庫)世界の歴史〈1〉人類の起原と古代オリエント (中公文庫)


前川さんのかいた部分のみ読了。世界史を読みたいなと思って手に取ったが。。。編著という形式であるからなのかいまひとつ頭に入ってこない。古いものでもあるし、このシリーズ通読は諦めて、誰が何を書いているかは参考にしつつ山川リブレット系のものとか単著とかを読んだほうが気分が乗るかもなぁと思う。

前川さんの叙述部分は面白く読んだ。昔調べたころに読んでいたものがこれを参考にしていたからなのか初読なのに懐かしさがこみ上げてきて妙な感じ。情報が古いかもしれないことが気になってしまって、すぐにメソポタミアに関する別の本に手を出してしまった。他の部分は読んでいないがこの本は一端保留。
読了日:03月03日 著者:大貫 良夫,渡辺 和子,屋形 禎亮,前川 和也


現代日本の批評 2001-2016現代日本の批評 2001-2016


ゲンロンで読んでいるものを再読。2001-16について佐々木さんの報告を基調に、東・佐々木・大澤・さやわかの四名の座談。同じ時代のネットについても東・大澤・さやわかがミニ座談会をしていてそれも収められている。まえがきもあとがきもない。最後に1975-2016のブックリストがある。/批評が存在していないということを語り続けている。最終的に、シーンをつくっていくのが大事だ、そのためには観客だ、観客の時間的継続だ、という結論に至り、ゲンロン等の活動の意義を明示化している形。当然といえば当然の収まり方か。

ここでなされていること自体は全体としては「批評」ではまだないんだろう。批評をやるための前提の整備みたいなもの。であれば、「面白い」をこれに求めても基本的には仕方ないよなという気もする。/東さんの、東京と地方の話が興味深い。ヨーロッパの理論が通用するのは日本では東京だけで、90年代までは日本中が東京を向いていたからよかったが、ネットでその構図が崩れてからは理論が衰退した。/東・大澤の「研究」への舌鋒が鋭い。/「ロマン主義・ロスジェネ的実存・セカイ系の一セット」というばっさりとした切り方も。

 論じられている対象は、「ニッポンの文化左翼」・内田樹・大学と運動・『批評空間』派と実存主義的批評・ネタとベタ・はてな・ブログ・教養主義の崩壊・書評・『ファウスト』・中沢新一ホリエモン・「若手論客」問題・「Life」・白井聡上野千鶴子・動画と在特会ゼロアカ・宇野・濱野・『ユリイカ』・毛利嘉孝・当事者・佐々木中・ニコ・古市・開沼・参与観察・デモ・キュレーションアプリ・雑誌・保守論壇人・「観客」など
読了日:03月04日 著者:東 浩紀,市川 真人,大澤 聡,佐々木 敦,さやわか


きみよわすれないできみよわすれないで


薦められて。薦められなければ多分出会わなかっただろう本。/手のうつくしさの描写で完全に引き込まれてしまった。/自分の着ている着物を誰かの言葉で知ること、いや正確には知れないこと、が妙に心に残っている。/「あるというそれだけで狂っていく」/「狂いは天然の整音として愛されるべきなのに」
読了日:03月04日 著者:篠原 一


イスラーム―知の営み (イスラームを知る)イスラーム―知の営み (イスラームを知る)


イスラームについてあまりに何も知らないので。/イスラームの「統一性と多様性」に視野を定めて、誕生から現代までの「ムスリムによる知の営み」の諸相をたどる、と称している。とりあえず歴史家がイスラームについて書いた概説書だと思えば良いか。/どう誕生したかなどの他、カリフ制・宗派・シャリーアスーフィー・現代のイスラーム思想なども概説される。

奴隷観が興味深い。やはり古代オリエントの影響下にある文化なのだなという感がある。/9~10世紀における紙の重要性の指摘もある。中国からの伝播。ここはもう少し詳しく知りたい。/6世紀に発生してから、イスラーム思想界は神学・法学・ギリシア学問の翻訳・神秘主義など活発に発展したが、12世紀ころには活気を失っていく。その少し前からヨーロッパ人がイスラーム文化を積極的に学ぶようになって後に科学を発展させていく。そして、イスラーム内部から改革の動きが見えるのは18世紀になってからで、そこで起こったものが現代にも続く。

 18世紀末、ナポレオンのエジプト遠征で西洋文明の力を見せつけられて、イスラーム知識人・民衆は衝撃を受けたとする。むしろ随分遅かったのだなという印象をもつ。そして、その後なされた思想改革も政治改革もうまく実を結んでいないという記述になってしまうのであり、そうすると近代ヨーロッパへの本格的なレスポンスはまだこれからということになるのだろうか。中東とヨーロッパとの文化的な距離感というのは掴みにくい。
読了日:03月06日 著者:佐藤 次高


現代アラブの社会思想 (講談社現代新書)現代アラブの社会思想 (講談社現代新書)


2002年刊。1967年(第三次中東戦争・六日間戦争)以降の「アラブ世界」の知的状況について。それを「極端な閉塞状況」「思想的な袋小路」などと評価しつつ分析している。/一九六七の敗北とナセルの死によって主導的イデオロギーが空白化。アラブ思想は急進的マルクス主義イスラーム主義に分極化した。いずれも隘路に陥っている。一方国政はイデオロギーを排除した「アラブ現実主義」のテクノクラートが担っている、というのが本書前半の政治思想紹介部分。後半はアラブに蔓延する「終末論」の紹介。

後半部、陰謀史観とオカルト思想がまじりこんだ形で終末論が社会に流行し、それが公的な言説空間にも現れている、というのは今更ながらショッキング。そしてこれが今読むと他人事でないような気もする点がなによりも。/どこまで実態に迫れているのかは不明だし、15年以上経った今の状況はまた違うだろうが、とにかく若干なりともポジティブに言及されるのが「現実主義」のみというのは、あんまりではある。
読了日:03月07日 著者:池内 恵


ハンムラビ王―法典の制定者 (世界史リブレット人)ハンムラビ王―法典の制定者 (世界史リブレット人)


マリ文書・「ハンムラビ法典」・ハンムラビ自身の家臣への手紙から、ハンムラビ王のバビロニア統一への流れと国内統治のあり様を再現していく。3000年以上前のこととは思えないほど詳細に出来事が追える。というか当時の重要な役人の言葉がこれほど明瞭に残っているものなのか。/伝記的にむらなく整っているものでは当然ないが、当時の史料を背景情勢の解説を交えて読めるという点で非常に良い本と思う。

ハンムラビが後世に「国土に正義を回復した王」として記憶されたいと願っていたこと、そしてそれはおおよそ叶っていると思われること、が一応の記述の軸になっている。そういう意味では非常に人物に寄り添っている本で若干珍しい視点なのでは。/バビロニアの統一過程については、「上メソポタミア王国」やエラム支配下の時期が長めで、ハンムラビの行動は華々しくはない。同じく強国に振り回される存在である隣国のマリ王ジムリ・リムとの同盟関係と不信が伝記的には魅力。なお、頻繁に引用されるマリ文書はジムリ・リムとその家臣の手紙。

ハンムラビと関係ないが気になる点。ラルサ王リム・シンがライバルにあたるイシン王国を滅ぼした際、「このことは彼にとって忘れがたいできごととなり、治世三〇年以降は同じ年名「イシンを滅ぼした年」が三一年間に渡って繰り返し使用された。」年名の意味あるのか。というかさすがに31年は長すぎるだろう。/「ハンムラビ法典」については、決して法典でも法規でもなく手引書にすぎないことや、「条文」の数もはっきりとは分かっていないことなどが断り書されている。「法典」の名を変えたほうがいいのでは。
読了日:03月07日 著者:中田 一郎
ネブカドネザル2世: バビロンの再建者 (世界史リブレット人)ネブカドネザル2世: バビロンの再建者 (世界史リブレット人)


バベルの塔やバビロン捕囚で知られる、、、といって日本ではそう記憶されている人名でもないネブカドネザル二世。西欧では、旧約聖書にも出てくるので、ある程度心理的距離が近いのだろう。古代オリエントへの感覚の違いがある。/本書は伝説的表象ではなく、考古学的発見等に基づいた歴史的実像を描く。治世第十一年(前594)までは「バビロニア歴代記」という編年史料があるので編年で述べられるが、以降はとたんに曖昧に。行政文書や碑文はそれなりの数残っているが公刊されていないものも多く、研究途上ということのよう。

バビロニア歴代記」は前八世紀から前一世紀までの事がアッカド語で書かれているとのこと。史料の性格がいまいちわからない。前三世紀のバビロニア知識人ベロススによる『バビロニアの歴史』という散逸した史書があるようで興味深い。/治世後半について、編年は明確でなくなるが行政組織や都市プランなどは分かってきているよう。いずれにも新アッシリア帝国の強い影響下にあったというコメントがある。また新年祭であるアキトゥ祭の儀式の詳細が紹介されておりこれはとてもおもしろいと思う。各都市からバビロンへ神像が集められ、行進する。
読了日:03月07日 著者:山田 重郎


独創短編シリーズ 野崎まど劇場 (電撃文庫)独創短編シリーズ 野崎まど劇場 (電撃文庫)


読了日:03月12日 著者:野崎まど


都市国家から中華へ(殷周 春秋戦国) (中国の歴史 全12巻)都市国家から中華へ(殷周 春秋戦国) (中国の歴史 全12巻)


ややこしいが、とても面白い。/夏殷周春秋戦国時代について、戦国時代の史書には何が「事実」として書かれていたか。を戦国時代の論理によって探る。漢代以降、語(天下・中華等)の意味が変化していて当時の「事実」は正しく理解されてこなかった。また戦国諸国でそれぞれ史書がつくられたため、それぞれが述べる語の意味も「事実」も異なる。/戦国時代に語られた「事実」の探求であって「史実」の探求を直に目指すものではない(正攻法だろうが)ので、複雑。とはいえ領域国家や漢字圏や史書の成立過程などが問題となるのでかなり面白く読んだ。

周の記録が魏に継承された『逸周書』、魏の『竹書紀年』、斉の『春秋』と 『公羊伝』、韓の『左伝』、中山国の『穀梁伝』などが紹介される。秦は青銅器の金文から、楚は『史記』『左伝』に残る断片などからその主張と世界観が再現されている。/各領域国家は新石器時代の文化地域を母体に成立していて各々が日本に相当する広がりを持つ。春秋時代、周の分裂(「東遷」)によって漢字(を鋳込む技術者)が各地に流出し漢字圏が成立する。都市国家の祭祀の道具だった漢字は盟書でも利用され、その先に戦国時代領域国家の文書行政があり、史書がある。

禹や孔子春秋五覇戦国四君縦横家、諸氏などの概念がどのような背景のもとでうまれたか、それが後代の常識とどう違ったのかなども書かれている。/10章は特に提言が多くおもしろい。本書は前田直典や西嶋定生を踏まえているが、新石器時代以来の文化領域を重視する点が大きく異なる。/江戸時代の儒者は藩という都市国家並の場に生き、日本という領域国家並な場の事を考えた。そのような戦国時代に似た環境下での発想にも意味があるのではないか。また中国に都市国家視点がないように見える点をどう考えるか、など。
読了日:03月12日 著者:平勢 隆郎


イスラーム思想を読みとく (ちくま新書)イスラーム思想を読みとく (ちくま新書)


そもそも信じるとはなにか?からはじめて、イスラームの言説状況を懇切丁寧な口調で解説する。スンナ派の神学潮流を図式化したうえで歴史を追って順に紹介など。/四章がとても面白い。最近のイスラームの思想的状況として「イジュティハード」(宗教的な問題の抜本的な再解釈)を求める時代的気運があるとする。イスラームにはもともと「解釈の正統性」を明確に打ち出すシステムが無く、宗教市場の自由化の中で学者(ウラマー)の権威が低下すると、言説の多元化がすすむ。ISなどもその流れの中にある。/我々と同じ時代の中にあるのだと思える。
読了日:03月14日 著者:松山 洋平


イスラーム主義――もう一つの近代を構想する (岩波新書)イスラーム主義――もう一つの近代を構想する (岩波新書)


イスラームに立脚した社会変革・国家建設を求める政治的イデオロギー=「イスラーム主義」の誕生から今までと今後の展望。/イスラーム主義は西洋近代ではない「もう一つの近代」を追求するとし、ただしそれはまだ模索の途中である、としている。そして,それは「ポスト世俗化時代」のいまイスラームのみの課題ではない。わかりやすいし、興味深い。

オスマン帝国(国家の正しさは宗教の正しさで保証された)の崩壊後、西洋近代の影響が強まる中で、「あるべき秩序」(特に政治と宗教の関係について)が模索される。その一つが西洋的近代化と異なる「もう一つの近代」を求めるイスラーム主義(もう一つの軸は世俗主義)。しかし、ムスリム同胞団、イラン・イスラーム革命、ジハード主義、「アラブの春」を経ても「あるべき秩序」は生まれず、より混迷化している。必要なのは対話の機会と場所、とする。ハーバーマスが議論の下敷きにある。

 「あとがき」で日本の「中東政治研究者」(社会科学)と「イスラーム研究者」(人文科学)が分離していること、その狭間にあるイスラーム主義はうまく取り上げてこられなかったことを述べて、双方の知見を活かし新たな方法論・手法を追求したいとしている。/イスラーム主義が「もう一つの近代」を追究し、国民国家を相対化するものとしてあるのならば、その分析も従来の手法に留まるものにはならないのだろう。
読了日:03月14日 著者:末近 浩太


アラブの近代文学アラブの近代文学


1971潮新書。以前古本屋でたまたま購入。/ 著者は1935外務省留学生としてエジプトへ行きカイロ大を卒業している。書かれておらず不明だが日本のアラビア研究の草分けであるよう。本書は近現代アラブ文学を著者の評価を交えつつ紹介するもの。『アラブ近代文学の群像』の加筆再版。単独で取り上げられる最後の作家は後のノーベル賞作家マハフーズ(マフフーズ)。/ 著者の拠点がエジプトであるのも関係するだろうが、近代アラブにおいてエジプトとシリア=レバノンの存在感が非常に大きいことがよくわかる。

新聞・雑誌の果たす役割の大きさもよくわかる。ヨーロッパの衝撃のもとで近代文化が形成されていく点、日本と近いのだが(時期も近い)、言語の使用される領域と国の境界が一致していない点が異なっているので印象が違う。/紹介されるのは、天才詩人ジブラーン、近代的研究の父クルド・アリー、短編小説の開拓者マハムード・タイムール、『ザイナブ』のハイカル、モダニズムのマージニー、盲目の碩学ターハー・フサインなどなど

 近年のもので類書はあるのだろうか。イスラームやアラブへの関心が政治的宗教的なものに寄っている印象はあるけれど。
読了日:03月21日 著者:川崎 寅雄


メソポタミアの王・神・世界観―シュメール人の王権観メソポタミアの王・神・世界観―シュメール人の王権観


2003。山川の世界史リブレット『都市国家の誕生』1995を膨らませたもの。前著の方がとっつきやすいが、こちらの方が史料引用が豊富で論点が多い。/全三千年期のメソポタミアが対象。王号の変遷で時代区分。「国土の王」「四方世界の王」など王号は変化するが「王」(=ルガル)という語には変化がなく、「皇帝」という新名称を生んだ中国とは異なる。また、神がどう書かれるかも分析し、都市と都市神が最後まで維持されたことをメソポタミア史の特質とする。そしてそれらにシュメールの王権の限界(中央集権的国家の理念は未完成)をみる。

王名表はウル第三王朝以降の成立と主張。/ウル第三王朝は前代のナラム・シンが提示して実現しなかった王権を現実化した時代だが、シュメール諸都市への直接統治は未完成(行政経済文書から)で、神統譜も完成しなかった。/世界観については二項対立的な世界観を指摘。天に対する地上はさらに文明と野蛮=自然=外夷に二分される。その発想のもと蛮族侵入史観で歴史が描かれるがむしろ諸都市の内的政治抗争を歴史の主動因とみなすべき、という。

序にてアッシリア学、古代オリエント学、古代西アジア史などの語について整理してあるので門外漢にはありがたい。/シュメールの過去観・歴史観についての章があり、川田順造の「神話としての歴史」が参照されている。
読了日:03月21日 著者:前田 徹


聖なる学問、俗なる人生―中世のイスラーム学者 (イスラームを知る)聖なる学問、俗なる人生―中世のイスラーム学者 (イスラームを知る)


イスラームの学者たち=ウラマーについて。イスラームの学問の成立と、その学問の修得方法、そしてその生き方。4章は具体例として、シリアの都市アレッポの学者の家アブー・ジャラーダ家の10~13世紀の様子を伝記から紹介。/2章学問修得の方法が興味深い。重視されるのは読誦すること、暗記すること、師につくことの三点。口承伝達が重要視されることはクルアーンの性格のみならずアラビア半島の伝統でもあるという。また、学統の重視は想像する以上で、形式的な師弟関係も少なくないとのこと。(幼児が老人に学んだという記録が少なくない)

3章は学者の俗世での生活について、ということで裁判官と教師について述べられている。初等教育の場であるマクタブと、ハディース学・法学などの学問教育の場であるマドラサ(学院)の有りようが細かく描かれていて非常に良い。/4章のアレッポの具体例は、学者の動向はよく分かるのだが、アレッポの社会の全体像を知らないためにいまひとつイメージが鮮明になりきらない感があった。
読了日:03月21日 著者:谷口 淳一


日本王代一覧 一(国立国会図書館)日本王代一覧 一(国立国会図書館)


ndl(国立国会図書館デジタルコレクション)で。明治期の刊本のよう。成立は慶安五年1652。漢字カナ混じり文でフリガナつき。/天皇の代ごとに分けられた歴史書で、1巻は斉明天皇まで。基本は日本書紀の要約のようなもので、そうとても面白いものというわけではない。
読了日:03月26日 著者:林 鵞峯


菅茶山と頼山陽 (東洋文庫 (195))菅茶山と頼山陽 (東洋文庫 (195))


日本人の感情生活の表現としての漢詩を大成した管茶山と、『日本外史』の頼山陽の個人的関係を、邂逅から別れまで、漢詩や手紙を並べながら辿る。二人は32歳差。茶山からする山陽は、親友の子供であり、一時は後継者であり、彼を窮地に追い込んだ怒るべき相手でもあり、詩については互いに批評し合う仲でもあった。/二人の人生とともに、その漢詩をよくよく味わえる好著。/後半、春水(山陽の父)の死後に二人が打ち解けて交流し始めてからがなんともいえず良い。特に文政元年、茶山が京都などへ東遊し、山陽が九州旅行をしている間の描写。

茶山のいた神辺、頼家の故郷の竹原、頼山陽の育った広島を電車で巡りながら読むという非常に贅沢な旅&読書をした。/文政元年の旅行の記述では、九州の山陽と京都の茶山が旅行中に同じ人物と出会っていたりする。この時代の人の移動の感覚が伝わってくるとても面白い部分であると思う。
読了日:03月26日 著者:富士川 英郎


頼山陽とその時代 上巻 (中公文庫 A 88)頼山陽とその時代 上巻 (中公文庫 A 88)


中村真一郎が神経を病んだ時期に改めて出会った頼山陽という人物。山陽の行動の破天荒さもまた明らかに神経を病んだ者のそれだということで、作家らしく想像力豊かに頼山陽の人間像と彼をとりまく時代を描く。上巻はその生涯と一族。/江戸へ出た山陽の行動をみて、旧制高校の地方出身生徒の「弊衣破帽」を想像するなど田舎と都会の問題を重視。さらに世代について、春水(寛政)・山陽(化政)・鴨崖(嘉永安政)の三代を国論統一の時代・文芸の時代・政治の時代とし、それぞれ明治・大正・昭和に重ね合わせてもいる点もまた批評的。

息子の鴨崖が激しい政治活動に身を投じたのに比べ、尊王倒幕のイデオローグともされる山陽は決して政治活動を是とはしなかった(大塩平八郎へ忠告もしている)。むしろその死がタイミングを違えていれば昌平校へ招かれて体制内アカデミシアンにもなった可能性があったろうとする。遊蕩で知られてはいたが、禁欲も実行しているという点にも注意している。/鴨崖ら次世代の「ベタ」さに対して、山陽は「メタ」的ないし「ネタ」的に自分の病状に言及したりしているのだな、というのが中村真一郎の評伝を受けての僕の感想。

生涯を描く中に「女弟子」たちという項目もあり、女性関係も言及される。山陽が自らの病気に関して周囲へ説明・言い訳するその仕方を読んでいても思うところだが、病気自体とは関係なく、普通に、山陽はずるい人だ。江馬細香との恋愛と、梨影との結婚を併存両立させてしまう点もまた、どう考えたってそう。といって嫌いになれるかといえばそんなことはなく。若い頃の暴発はともかく、基本的にバランス感覚はある人なのだろうという印象をやはり抱く。
読了日:03月26日 著者:中村 真一郎


日本王代一覧 二(国立国会図書館)日本王代一覧 二(国立国会図書館)


二巻。天智から文徳まで。おおよそ六国史に拠っているのだろう。政治・外交のほか学問関係の記事が目につくように思う。釋奠についてや日本紀よみなど。/通説や伝説の否定訂正の記事も多くはないもののある。/前半の奈良時代は政治的に出来事が多い。対して、特に仁明天皇の代などは事件は少ないのに頁数が妙に多く、印象的。文徳天皇の代は良房の太政大臣拝任などの記事でおわる。
読了日:03月26日 著者:林 鵞峯


興亡の世界史 アレクサンドロスの征服と神話 (講談社学術文庫)興亡の世界史 アレクサンドロスの征服と神話 (講談社学術文庫)


様々な伝説・イメージでアレクサンドロス大王像は乱反射して変幻自在。この本は実証的な研究に基づきつつ、現代に相応しい新たな大王像を構築しようとするもの。/ギリシア中心主義的な従来のヘレニズム史観に対して批判的であり、また東西文明の融合の先駆者という評価にも批判的。/史料に関しては一章で紹介してしまい、あとは伝記的にその生涯や帝国のあり方をたどって事実や解釈を更新していく。/実証的に検証された上で提示される事跡さえも神話的と感じて興奮できてしまうのは、彼の人物の大きさか、その生きた時代のなせる技か。

正直アレクサンドロスに対して事前に大したイメージも思い入れもなかったので、本書が冒頭で彼を「小宇宙」とか「万華鏡のごとき魅力と輝き」などと評するのをみて驚いた、というよりも少々引いた。が、読み終えると納得。その伝説的な人間像から距離をとって冷静に叙述しているわりに、ちょくちょくこういう筆者の思い入れが顔をだすのもこの本を魅力的にしている点だと思う。/史料批判について個々の事例では詳説されないので少し不満だが、読みやすさ的にはこんなものか。なんにせよ、伝説がいかに生まれ利用されるのかがわかる、とても良い本。

 「アレクサンドロス神話の形成とは、大王自身による既存の神話・伝説の再解釈であり再創造であったといえよう」。また後継将軍たちは自身の権力正統化のために大王のイメージを利用した。大王と後継者の関係はソクラテスプラトンに似ているというのは面白いコメント。/大王が征服などで追究したのは名誉に尽きるし、付き従った兵士にもそれは共有された。ゆえにその偉大さの究極の秘密は社会の一元的な価値観にあった。であれば大王のような権力は現代には有害とみるべき、と締める。共存のシンボルには成りえないのだと。
読了日:03月27日 著者:森谷 公俊


ムハンマド・アブドゥフ―イスラームの改革者 (世界史リブレット人)ムハンマド・アブドゥフ―イスラームの改革者 (世界史リブレット人)


末近さんの『イスラーム主義』から。19c後半から20c初めエジプトのイスラーム改革思想家であり運動家であり行政官であったアブドゥフの伝記。/イスラーム改革思想はイスラーム主義の原初形態。アブドゥフは10cのアシュアリーを模範として「啓示と理性の調和」を唱え、西洋近代と伝統の「中間」をいった。/アブドゥフはウラマーでありつつも有能な行政官であったからこそ、当時のイギリス・エジプト双方の政治家に重用され、アズハル・シャリーア法廷・ワクフ行政の改革を行い得たという指摘は興味深い。

彼は学校での教育では歴史を教えており、その思想においても歴史観が重要な役割を果たしている。近代化の過程における重要な思想家・行政官が歴史家であるということは非常に気に係る点。日本でこれにあたるような人物はいるだろうか。井上毅あたりか。/アブドゥフの死後にはそのグループは「啓示」と「理性」の二つの方向に分裂していく。前者はリダーなどで、ムスリム同胞団などがその流れ。後者には1919革命のザグルールや、ターハー・フサインなど。本書もまた現状のアラブ諸国に深刻な二極分化をみている。
読了日:03月27日 著者:松本 弘


帝国の復興と啓蒙の未来帝国の復興と啓蒙の未来


イスラームからみる文明論。トインビー・梅棹忠夫・三木亘を頻繁に引用しつつ、イスラーム文明の歴史を語る。井筒俊彦イスラーム文化』への「私なりの応答」、とあるが、本当にそういうものになっているか?日本への言及が少なすぎるのでは。/「人による人の支配」である領域国民国家システム、ナショナリズム(という宗教)の矛盾は明らかとなってきている。それに代わるものこそ、「法の支配」の理念型の近似値であるカリフ制による「ダール・イスラームイスラームの家)」であり、その成立の鍵はトルコにある、とする。

文明論的な本を久々に読んだが、やはり構図が大きいので高揚感はある。理念として理解できる部分も少なくない。しかし現実に起きている諸々のことを考えると、視野が広すぎるゆえに軽視されてしまうものが多すぎるという思いは抱かずにはいられない。/また、日本・中国の位置づけが充分にできていなければ、イスラームを「自分たちの主体的な自己認識に組み込む」こともできなかろうとは思う。

 最初に『服従』論がおかれているが、ウェルベックイスラーム理解の乏しさが言われるばかりであまり実りがあるものには思えない。導入としてインパクトはあるが。/終章とあとがきをしっかり丁寧に読めば、論旨を知るには充分か。2章3章は歴史を粗く辿りつつ、それへの見方を小出しにしている(それは一般にイスラーム史への共通理解が乏しすぎるからだろうが)。
読了日:03月28日 著者:中田 考


日本王代一覧 三(国立国会図書館)日本王代一覧 三(国立国会図書館)


3巻。清和天皇から後冷泉天皇。言い換えれば藤原良房から頼通まで。続日本後紀や三代実録、古今和歌集などの作成記事があるほか源氏物語栄花物語、小右記にも言及。/朱雀院・冷泉院以降は「天皇」ではなく「院」で呼ばれている。兼明親王について「延喜の皇子」(醍醐天皇の皇子)とする部分がある。/道真などの怨霊についても載せている。将門純友の乱、忠常の乱、安倍頼時源頼義の戦争などの記事は他に比べ詳細で精彩に富む。
読了日:03月29日 著者:林 鵞峯


カイロ大学 (ベスト新書)カイロ大学 (ベスト新書)


1908年創立アラブ世界初の世俗的近代大学、カイロ大学の歴史紹介&留学案内&留学体験記。留学体験記の部分は生々しくて面白い。カオスなカイロとカイロ大もだが、どんどん新環境に飛び込んでいく筆者自身の個性もなかなか強烈。/歴史を述べている部分は大学史というよりももはやエジプト周辺の思想家活動家政治家列伝の様相。カイロ大の存在感はよくわかる。/ナセルのもとでの1954カイロ大粛清からの教育統制(大学の無償化=国有化)によって人材がアラブ諸国へ流出し、諸国でイスラーム思想が広まっていくというのはなるほどと思う。
読了日:03月29日 著者:浅川 芳裕


中国古代史研究の最前線 (星海社新書)中国古代史研究の最前線 (星海社新書)


読了日:03月30日 著者:佐藤 信